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ゲーミングチェア・ディテクティブ 4

作者: 北園れら
last update 公開日: 2026-07-07 15:09:56

 闇バイトが「使い捨て犯罪者」とかだったらこの国の犯罪率にどれだけ貢献できたのだろう。

 信じられないくらい馬鹿な人間とそいつらを見下しながら金のために仕方なくやっているという自認のやはり馬鹿な人間。闇バイトに手を出しているのはそういう連中だけだ。賢い奴は馬鹿を操ってもっと大きな金を稼ぐか、真面目に働いてそもそも犯罪に関わらないか。

 自分も含めて見境なく冷笑し続けていた少年はそんなことを考えながら小包を運ぶ。偽造免許証でハイエースを動かしていた少年はわずか十一歳だった。学校にも行かず、かといって家で腐ってゆくのも嫌で夜の街に飛び出し、今や運び屋として使い道もわからないほどの金を得ていた。

 使い捨て犯罪者には夢がある。実績を出せば使い捨てから〈仲間〉に格上げされる。あいつらは人情だけは持っていて、必死に働くガキを手前と勝手に重ねて可愛がってくれた。財布や金庫から抜き取られている札の枚数も知らずに。

 ざまあみやがれ。いつか金を貯めて地球の裏側にでも高飛びしてやる。

「……」

 少年の脳裏にふとよぎったのは昼間の出来事。

 鉄砲玉《・・・》と拳銃を運ぶバイトは失敗した。ドレッドが返り討ちに遭ったからだ。仮に死んでなかったとしても、この世界で二度と顔を見なくなった人間の末路はどれも同じだ。

 ドレッドを倒した黒猫みたいな女。

 たぶんガキだ。俺と同じ。

「は、なび……花火……?」

 確か、そんな名前が聞こえた気がした。あいつも裏社会に取り残された仲間《こども》か? 背が低くてドブ色の髪と目をしていた。

 また会えるだろうか。

 深夜一時を過ぎた頃、ハイエースを路肩に止めた。車の運転はゲームみたいで面白かった。他の子供よりいくぶん背が高くて肌が浅黒いせいか、見た目で警察に勘付かれることもない。人は見かけで判断するから、表社会の人間は米兵とのハーフの少年とトラブルになるのを避けようとして話しかけたがらない。

「ここか」

 姉崎市臨海部。ディープ・サウスと呼ばれる古い街並みの中にある何もない場所。錆びたトタンや二度と開かないシャッターに囲まれ一つの社会的意義も持たない地点が荷物の受け渡し場所だ。

 警察も悪党も寄り付かず、少年は薬や銃の受け渡しで頻繁に通っていた。いつもは中身のことを聞きやしないし興味も無かったが、下世話な自称元ホストがレターパックを養生テープでフタし直してこんなことを言った。

「女物の下着とオモチャの身分証だった。しかも女子高生くらいのガキの顔写真付き」

 さて、どんな変態がやってくるのか。

 現金一括でポンと数百万を出せるのだからきっと裕福な人間だろう。しかし少年が歩いて歩いた先に立っていたのは、見るからに持ち合わせの無さそうなブリーチ頭の若い男だった。

「撒き餌は?」と合言葉を尋ねる。

「コマセ。ご苦労さん」

「こんなもん何に使うんだ。変態野郎」

「そらお前、決まっとるやろ」

 男は燻らせていたタバコをピンと指で弾いた。

「化け物退治や」

「……!」

「あ? おい待て、お前」

 街灯の下でお互いの顔を認知し、そして男が勘づくよりも早く少年が動いた。

「おいおい、一発で当たり・・・か──」

このクソ野郎ジョガ・ラァジイ・フンダン!」

 少年は拙い中国語で合言葉を叫ぶ。取引が決裂した時の保険だ。男が少年に手を伸ばした時にはすでに通路を挟み込むようにして仲間がぞろぞろと踏み込んでいた。中華街育ちの闇バイト達は修羅場をいくつもくぐってきた強者揃いだ。

「んなっ……!?」

「あばよ変態クソ野郎! 荷物は貰った!」

「おい待て坊主、そっちは」

 少年は仲間とすれ違って一目散に逃げ出した。取引の額は三百万。中に何が入ってるのかは知らないが、こいつには需要《・・》があるらしい。

 簡単に渡すより強請《ゆす》ればもっと金が手に入るかも知れない。あるいは有り金を奪い取って素知らぬ顔で別の奴と取引する。それを繰り返すだけで三百万ずつ金が入ってくるのだ。

 渡すわけがないだろう、馬鹿な大人め。

「渡してたまるか、俺の金だ……!」

「お前の金じゃないでしょ」

 冷たい瞳が飛び込み、少年の意識がブラックアウトする。

 少女との再会はあまりにも早かった。

 ────────────────────

「……なんだ、子供じゃん」

 こめかみを思い切りぶん殴って気絶させたのはよく見れば少年だった。背が高くて体つきががっしりしているが、顔はよく見ればあどけない。

「おーいパンツ泥棒。起きろー」

「花火、ちょっと来い……!」

 灘子の指示通りに細工《・・》していると通路の方から情けない声がして振り向いた。荷物の受け渡しは豹虎、そして荒事の担当は花火だった。

「マスター?」

「ぎゃあああ無理無理無理死ぬ! 死ぬって!」

「仕方ないなあ」

 少年は一旦放置して迎撃に向かう。すったもんだの袋叩きに遭っている豹虎を守るのはもちろん花火の仕事だ。

「大人の言う事全っ然わかんないけど……とりあえずマスター以外全員ぶっ飛ばせばいいよね?」

 転がっていた空き缶を拾い、振りかぶる。中国語で罵倒しながら豹虎の頭を蹴り付けようとした男の頭めがけてブン投げた。クリーンヒット。

「ガッ……!?」

「ストラーイク。あ、デッドボールか」

 敵は四人、どれも中華系や台湾系だ。神奈川南部に位置する横浜伊勢谷いせたに町の中華街はチャイニーズマフィアや台湾黒社会と密接な関わりを持つ人間がゴロゴロいる。最近はどこも羽振りが悪いらしく、金目当てで何でもやる闇バイトまがいの用心棒が増えたのだと灘子が言っていた。

阿婆擦れシャビイ!」

「はあ? おいここ日本だぞ。ジャパーン。ほれ日本語喋れよニッポンゴ」

 手を叩いて煽ると標的がこちらに切り替わる。単純で助かる。かと思えば一人が激昂してナイフを取り出した。奪い取って何回か刺したり抜いたりしたら大人しくなるだろうが、そうするとまた美鶴に面倒を見てもらわないといけない。三百万の取引の時点で大きな痛手らしく、この場を切り抜けるのはやはり素手での撃退に限られた。

 救急車が必要ないくらい程度に痛めつけて戦意を喪失させる。これから何回もやるのだから今のうちに加減・・に慣れておこう。

ぶっ殺すシャラニィ!」

 小柄な男がナイフを振り回して間合いに踏み込む。刃物を避けたがるのは人間の本能だ。四対一のはずがちっぽけな金属板一つを恐れた仲間たちによって自然と勝負は一対一に持ち込まれた。

 順手ではなく逆手。自分の間合いを把握しじりじりと距離を詰める。なるほど、手慣れてる。人を刺したことがある人間の動きだ。

 ナイフを持った暴漢を前にして必ず無事でいられる方法は存在しない。逃げるに越したことはないが、もし対峙するなら相手の手中からいかにして武器を奪い取るかが重要だ。

 しかし生憎、花火は通常の理屈が通じる相手ではなかった。躊躇なく刃の届く範囲に踏み込み、そして男の視界から消え失せた・・・・・

「……!?」

 世界の天地がひっくり返る。いや、顎を一瞬で蹴り抜かれ男自身が仰向けに倒された。

 花火はナイフに触れる寸前で身を翻し、真後ろの地面に手を突いて上体を深く落としシーソーの原理で鋭い後ろ蹴りを浴びせたのだ。琉球空手の派生系にして戦後生まれた日本武道の一つ、躰道《たいどう》の技に酷似していた。

どうしたニィゼンマラ!?」

「人がブッ飛んだくらいでいちいち鳴くんじゃ」

 吹き飛ばした男の身体に隠れるようにして体勢を整える。怯んだ隙に、踏み込んだ。

「ねー……よっ!」

 殺し屋として英才教育を受け続けていた花火は明治維新以前の古武術を中心として多くの武術を修めていた。武を持って人格の形成を目指す道の在り方を外れ、古来より伝わる殺傷と制圧のための技術。

 そしてそれとは全然関係ないドロップキックが闇バイトを襲った。鼻先にめり込み、革と皮膚がぶつかったとは思えない音がして男が倒れ込む。

「っし。やっぱりちょっと重いな」

 反動で宙返りしながら難なく着地する。

 花火の履いているのはスニーカータイプの安全靴だ。靴底には踏み抜き事故防止用の鉄板が仕込まれていた。硬さと重さを備えた靴は女性でも違和感なく持ち運べる武器になる。

 念のため残しておくが本来の用途とは全く違うのでくれぐれもこんな真似をしてはいけない。

 まあ、今更ではあるのだが。

「ねーえ、まだやんの? 意味なくない?」

 地面に転がったナイフを拾い手元でくるくると回す。連中は殴り慣れているが殴られ慣れていない。一方的に蹂躙されることに耐性がないのだ。

「聞いてんだけど」

「チッ、ずらかるぞクァイタオアー!」

 異国で生きる同じ人種同士の絆か、男たちは倒れた二人を引きずって逃げ去っていった。

「……」

「マスターもう起きていいよ」

 追いかけるにしても人手が足りない。花火は助け起こされる形でようやく豹虎が二本の足で立った。

「大丈夫? 酷い顔」

「……中華街の連中やったな」

 殴られたのか蹴られたのかアザが残る頬を手で触りながら豹虎がつぶやいた。

「あの辺を縄張シマにしてる組織やと……」

「流石に詳しいんだね、裏事情」

「一応地元やしな。まあこれでほぼ絞れたわ」

 よく見ると頬の擦り傷から血が滲んでいた。昼間の怪我もまだほとんど癒えてないはずだ。

「もうちっと抵抗しなよ。助けてあげるけどさ、守ってもらう前提で動いてたらいつか死ぬよ」

「……ない」

「なんて?」

「俺は人生で自発的に人殴ったこと一回もない」

「誠実だねえ」

 花火はポケットに手を突っ込んだまま乾いた声で笑った。

「帰ったらパンチの打ち方ぐらい教えるよ」

「必要な時が来ないことを祈るわ」

 嘘も吐かなければ暴力も使わない。こんなんでこの先やっていけるのか不安になるが、表社会で生きてる人間にとってはそれが当たり前だ。花火はいよいよ目の前の男がいかに荒唐無稽な真似をしているか察してきた。

「花火、荷物……というか受け渡しの子供は?」

「あっち」

「いや誰もおらんけど」

 花火が指差した方にはただ真っ暗い夜道が広がっているだけで、遠くでエンジンが稼働し路面の砂利をタイヤが踏みしめる音が聞こえた。

「……逃げた?」

「逃げてんなあ」

「あっちゃー。ごめんマスター」

「いや、これでええ」

 豹虎は路上にしゃがみ込むと、まだ火がついたまま転がっていたタバコを拾って携帯灰皿の中に灰を落とした。

「顔は覚えた。車のナンバーも多分わかる」

「え、なんで」

「あいつ昼間のハイエースのガキや」

「……まじか」

 豹虎は「きな臭くなってきた」と言い、タバコを吸い込んで消えかけた火を起こした。

「マスターを殺そうとしてる連中と、マーケットで偽造ライセンス売ってる奴が同じってこと?」

「まだ決まったわけやない。ただ今言えんのは、あの子を追いかければ少なからず真相に近づけるってことだけや」

 常夜灯も無く真っ暗な道で、タバコの火だけがゆらゆらと光っては消えてを繰り返す。

 少年は闇バイトの運び屋か何かだろうか。彼が逃げたのは小包の価値を知ったからだ。だがその中身と効能《・・》までは知らないはず。

「……闇バイトいうてまだ子供やないか。中坊くらいか? はよ見つけてやらな取り返しのつかん目に遭わされるかも知れん」

「助けるの?」

「当たり前やろ」

「……ふーん」

 どこまでお人好しなマスター?

 ま、いいけどさ。花火は鼻を鳴らした。

「ほなさっさと帰って作戦会議や。行くで」

「あ、ごめん思い出した。待ってマスター」

「どうした」

「その……帰りにコンビニだけ寄っていい?」

 豹虎は少し考えたのち、「あぁパンツか」と躊躇なく口にして殺し屋の平手打ちを生で受け奥歯がちょっと欠けた。

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